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くしきのかるた は行

羽島の文豪 万造寺斉

串木野は明治19年7月29日、羽島に生まれました。

若くして与謝野寛の門下生となり、石川啄木、高村光太郎、北原白秋らと交流を深めました。

大正6年に東京から京都に移り住み、その後昭和32年結核によって70歳の生涯を閉じるまで多くの作品を残しました。
  

光飛び交う 荒川川 

串木野ひ長さ約6Kmで荒川地区を流れる清流。

周辺の田畑を潤し、ホタルが数多く生息しています。

ホタルが見れる時期には、多くの人が訪れ、ほのかな光が人を癒してくれます。

また、河口では、サーフィンやボディボードが楽しめます。    

不老不死の 薬草求めて冠嶽山

串木野ふ西暦紀元前210年頃、中国の秦の始皇帝の使いで不老不死の薬草を求めて日本に来たとされています。

日本各地に徐福伝説は存在しますが、徐福が中国に不老不死の薬を持ち帰ったという記録は 残っていません。
  

平和を結ぶ姉妹都市 サリナス

串木野へ1979年、アメリカ合衆国カリフォルニア州のサリナス市と姉妹都市盟約を締結し、両市の親睦を深めています。

これは、戦後に多くの串木野市民がサリナス市に移住したことによるものであり、 今でも交換留学生などの活動が続いています。

レタスの産地として有名です。   

豊作まつる 田の神さあ

串木野ほ「田の神さあ」は、鹿児島の庶民の信仰で、一族の繁栄や豊作を祈るシンボルとして、昔から農民に崇められてきました。

作られた時期や場所によってさまざまな形があり、大切にする意味で顔を白く塗ったりしてあります。
  

2013年2月10日 17:17