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いちきのかるた は行

はなもれどんは とぜっどんの墓

市来ははなもれどん

「狩人の神」の話に出てくる主人公、とっぜどんと又次郎兄弟で、兄が千匹の猪を獲らせてもらう代わりに 命を捧げる約束を神とした。

遺体は三方塚の杉の根元に、右の耳は行司塚に、 左の耳は才野ヶ原に埋めて往来する人の供養の花が欲しいと語った。

その左耳が埋葬されているのが はなもれどんの墓といわれている。

ビタミンたっぷり 大里みかん

市来ひ大里みかん

市来のみかん栽培は、当時は庭先で栽培する程度の規模であったが、昭和3年の周山地区開墾と昭和4年の大谷山開墾をもって、集団栽培がはじめられた。    

ふるさと思い たたずむ墓塔郡

市来ふ来迎寺跡墓塔郡

島津初代藩主忠久の生母丹後局の勧請で承元元年(1207年)に建立したと伝えられる。

市来氏歴代の領主の墓も建てられている。

鎌倉室町時代の墓塔形式を知るうえで貴重なものとされています。
  

平安美人 丹後局

市来へ丹後局

丹後局は別名「高階栄子」といい後白河法皇の寵姫で、島津初代、忠久の母である。

丹後局が薩摩へ下向したとき、舟を着けて上陸した場所といわれる。

現在の市来駅付近。 

防砂林、砂の害から 畑を守る

市来ほ防砂林

防砂林がない時代は、暴風雨があるたびに畑が砂に埋もれたりといった砂の害に悩まされていました。

今から90年ほど前に整備が完了し、現在に至っております。
  

2013年2月10日 16:38